経営視点で見る、これからのプロダクト開発の課題
現在、生成AIによる文章作成やAI開発支援ツールの普及により、開発スピードそのものは大きく向上しています。実装やアウトプットといった作業工程の効率化は進み、「作ること」にかかるコストと時間は確実に下がってきました。
一方で、経営や事業の観点から見ると、何を作るべきか、そもそも作る必要があるのかという判断の精度は、必ずしも同じスピードで向上していません。
開発前の情報整理や意思決定は、依然として担当者の経験や勘に依存しやすく、顧客の声や市場情報も分散したまま属人的に扱われているのが実情です。
これからの競争環境では、「早く作れること」自体は差別化になりません。重要なのは、限られた開発投資を、顧客価値と事業成果につながるテーマへ的確に配分できるかです。そのためには、モノを作る前の段階で顧客フィードバックや市場シグナルを整理し、経営判断に耐える根拠を持つことが不可欠になります。
Atlassian自身が直面していた同じ課題
Atlassianは公式ブログの中で、Jira Product Discovery(以下JPD)を立ち上げた初期を振り返り、顧客インタビュー、競合レビュー、営業・サポート・CSのフィードバックを前に、付箋だらけの部屋で必死に整理していたと語っています。
PMは、スプレッドシート、アンケート、サポートチケット、コミュニティ、Slackなどを行き来しながら、「顧客が本当に何を求めているのか」をつなぎ合わせていました。しかし、CRMや日常業務の中に埋もれた重要な示唆は、意思決定に届かないまま失われてしまう。これは多くの企業に共通する構造的な課題です。
Cycleを買収した理由
AtlassianはCycleの技術とチームの買収を行いました。
公式アナウンスでは、その目的を次のように整理しています。
フィードバックを単に集めるのではなく、顧客シグナル(Customer Signals)へ変換する
PMや経営層の優先順位付け・投資判断を支援する
ロードマップの抜け漏れや盲点を可視化する
「なぜこの判断をしたのか」を説明できる状態を作る
Cycleは、フィードバック管理を作業コストから意思決定の燃料へ変える存在として位置づけられています。
(参考:Atlassian公式発表
https://www.atlassian.com/blog/announcements/cycle-joining-atlassian)
AI時代のプロダクトマネジメントとCycle
2026年の調査では、PMの84%が「自分のプロダクトは失敗するかもしれない」と感じているとされています。理由は作れないからではなく、何を作るべきか確信が持てないからです。
AIによって開発は速くなりましたが、方向性を誤れば、間違ったものをより速く作るだけになります。
Cycleは、大量のフィードバックや市場シグナルをAIで処理し、ノイズを除去したうえで、行動につながる洞察へ変換します。これにより、勘や声の大きさではなく、根拠に基づいた判断が可能になります。
Cycleの本質:モノを作る前の情報整理を仕組み化する
Cycleの役割は一貫しています。それは、開発前の情報整理を属人化させないことです。
フィードバックを集める
分解・分類する
類似の声を束ねる
傾向として可視化する
その結果、Jira Product Discoveryで「作る/作らない」「今投資すべきか」を判断できる状態を作ります。
情報の収集チャネル別に見る Cycle の役割(詳細)
① 社内チャネル(営業・CS・Slack)
特性
顧客名、業界、契約規模が明確で、売上・継続率への影響を評価しやすい。
課題
声の大きい顧客や個別案件が過大評価されやすい。
Cycleの役割
個別要望を束ね、構造的な課題として整理する。
経営的価値
大口対応と全体最適を切り分け、投資対効果を判断できる。
② サポート・問い合わせ(Jira Service Managemen/Customer Service Management等)
特性
発生頻度が高く、実運用での摩擦点が明確。
課題
個別対応で終わり、改善テーマとして昇華されにくい。
Cycleの役割
頻度・影響範囲を可視化し、短期対応と構造改善を切り分ける。
経営的価値
解約リスクの予兆把握、品質投資の優先順位付け。
③ フォーム・定期フィードバック
特性
定量化しやすく、比較・分析に向く。
課題
回答者が限定されやすい。
Cycleの役割
他チャネルの定性情報と統合し、判断根拠を補強。
経営的価値
意思決定の説明責任を果たしやすくなる。
④ 外部チャネル(SNS X等・レビュー・コミュニティ)
特性
率直で市場全体の空気感が分かる。
課題
ノイズが多く、文脈が不足しがち。
Cycleの役割
人が選別し、他チャネル情報と突き合わせる。
経営的価値
ブランド評価や競合比較の兆候把握。
⑤ 経営・戦略インプット(補足)
Cycleの位置づけ
顧客フィードバックと中期戦略・事業仮説を紐づける。
経営的価値
「声が多い=正しい」という判断を防ぐ。
Cycleで実現される主な機能領域
マルチチャネルからのフィードバック収集
AIによる分類・重要度抽出
類似要望の集約と傾向把握
洞察とロードマップ上のアイデアの接続
顧客へのフィードバック反映通知(クローズ・ザ・ループ)
Cycle・Jira Product Discovery・Jira の関係
顧客・社内の声
→ Cycle(インプット)
→ Jira Product Discovery(判断)
→ Jira Software / JSM(実行)
Cycle:判断前の情報整理
JPD:投資判断・優先順位付け
Jira:決定事項の実行
まとめ
Cycleは単純なフィードバック管理ツールではありません。
経営判断に耐える顧客シグナルを生み出すための基盤です。
生成AIで「作る」ことが高速化した今、競争力を左右するのは、作る前の意思決定の質です。
AtlassianはCycleを通じて、「早く作る」競争から「正しいものに投資する」競争へと、プロダクトマネジメントを進化させようとしています。
Atlassian Cycle app買収でカスタマーボイス収集を強化
