開発サイクル半減・AI起筆コード98%:医療テック企業Leagueの「AIネイティブ転換」事例を読み解く
規制産業でのAI導入は慎重にならざるを得ない——その常識を半年でひっくり返した事例が、Claude公式の顧客事例に載っています。ヘルスプランや医療プロバイダー向けにコンシューマーヘルス体験を提供するLeague(創業約12年、北米)は、Claude EnterpriseとClaude Codeを軸に会社を作り直し、開発サイクルタイムの半減、Claude採用率98%、ベンダーセキュリティ評価の数週間→15分短縮といった成果を出しました。医療という「保護対象保健情報(PHI)を扱う」業界での話だけに、セキュリティ設計と両立させた進め方が読みどころです。
課題:AIツールはあったが、「小さな効率化の点在」止まりだった
Leagueは12年近く、規制当局に説明責任を負う組織のためのデジタルヘルス体験——給付ナビゲーション、ケアプログラム、会員アプリ——を作ってきました。新しいツールは実業務に触れる前に高いコンプライアンス基準をクリアする必要があり、社員がAIアシスタントを使えるようになっても、導入は慎重なまま。AI変革担当AVPのSigny Roland氏は当時を、日々の仕事に小さな効率化のポケットが点在するだけで、変革と呼べるものではなかった、と振り返ります。
セキュリティレビューは約3週間の滞留、顧客導入は従来型のヘルスケアのタイムライン。一方で市場はエージェント型の会員体験へ向かっており、従来のソフトウェア開発アプローチでは立ち行かなくなることが見えていました。
決断:「比較検討(ベイクオフ)」を、あえて省略する
転機は12月、新世代のClaudeモデルの登場でした。実験していたチームがエージェントの担える範囲の段階的変化を目の当たりにし、経営陣はエンタープライズの習慣に反する決断をします——通常なら数週間かけるツール同士の正式な比較評価を、スキップしたのです。データ&AIエンジニアリングSVPのJordan Christensen氏の理屈は明快で、変化のペースが速すぎて、ベイクオフが終わる頃にはその結果自体が古くなっている。だから信じる方向を選んで深く行く、と。新しいリリースが出るたびにこの判断は裏付けられており、同氏はClaude Fable 5についても、公開当日から使い始めてさらに仕事のやり方が変わった、と語っています。
契約のスピードも象徴的です。金曜にClaude Enterprise契約に署名し、月曜には全社で利用開始。一方でセキュリティの整備には約1四半期をかけました——患者データはClaudeがアクセスできない分離環境に保持し、統制が整うまではエージェントの実行範囲に厳格な制限を設定。「創業12年の会社が、AIネイティブになるためのセキュリティ整備を1四半期未満で立ち上げた」というRoland氏の言葉が、この事例のバランス感覚を表しています。
Accelatron:48時間で「バックログから本番へ」
3月、強制力として機能したのが「Accelatron」という48時間の全社イベントです。CTO兼共同創業者のDan Galperin氏いわく、これはハッカソンではなく、「バックログから実在の課題を取り出し、48時間で本番投入までいけるか試す」というもの。各チームはその週に実際の修正や機能を出荷し、「これが新しい普通のスピード」という期待値が社内に設定されました。
開発の型も変わります。2週間スプリントは「マイクロスプリント」に——3〜4人のポッドが、スコーピングから本番品質のコード(フィーチャーフラグ付き)の投入までを一気に行う。Galperin氏の表現では、以前なら2週間分と呼んだスコープを、今は3時間で実践している。
より大きな開発には、Claude Platform上に構築した社内オーケストレーションツール「Swarm」を使用。リードエージェントが作業を分解し、エージェントのチームを生成して夜間に並列実行、翌朝エンジニアがレビューします。レビューがボトルネックにならないよう、プリンシパルエンジニアが変更の規模とリスクで全PRをトリアージするClaudeベースのbotまで構築しました。
成果①:「全員がプロダクト開発者になる」
面白いのは、エンジニアリング外への浸透に号令が要らなかったことです。COOがClaudeに夜間タスクを仕込み、その結果がSlackに現れ始めると、最も多かった返信は「自分にもアクセスをくれ」。財務チームは自分たちの手で60以上のプロセスを自動化。UIバグをよく見つけるデザイナーが「PRを開いたことがない」と言えば、答えは「Claudeに開かせればいい」——今ではデザイナーが直接修正を出荷しています。
Galperin氏の言葉を借りれば、職能間の壁が崩れ、全員がプロダクト開発者になりつつある、と。
運用の滞留も解消されました。かつて数週間かかっていたベンダーセキュリティリスク評価は、Claudeスキルで15分に。直近53件のうち49件はClaudeが安全と検証し、そのうえで人間がサインオフする運用です。セキュリティチームの応答時間は3週間超から数時間に。そして特筆すべきは、この全社展開を率いるRoland氏が技術バックグラウンドなしであること——「もう何も怖くない」という言葉が、変化の質を物語ります。
成果②:サイクルタイム半減、AI起筆コード98%
Accelatronからの4ヶ月で、アイデアからPRまでのサイクルタイムは半減。AIが書いたコードの割合は約70%から98%に上昇(自社のエンジニアリング指標プラットフォームで計測)、エンジニアの週あたりマージPR数は展開前の2〜3倍になりました。
顧客もスピードを直接体感しています。ある顧客導入は予定より2ヶ月前倒しで完了。ある医療保険会社が数万件規模の非緊急医療搬送(NEMT)の調整を効率化したいと相談してきたときは、動くデモエージェントを数日で設計・構築。Galperin氏の対比が印象的です——以前はPowerPointやFigmaのプロトタイプを持って行っていたが、今は動くプロトタイプを持って行く。Christensen氏の締めの問いもまた、この事例の到達点を示しています——業界が求める安全水準を保ったまま、どこまで野心的になれるか、制約を外して考えよう、と。
まとめ
この事例から持ち帰れるポイントは4つです。①ベイクオフより方向の確信——変化が速い領域では、比較検討の完璧さよりコミットの深さが効く。②スピードと統制の分離——利用開始は週末で、セキュリティ整備は1四半期。患者データの分離環境という「越えない線」を先に引いたから両立できた。③強制力としてのイベント設計——Accelatronが「新しい普通」を体感で定義した。④AIの検証+人間のサインオフ——49/53の安全検証と人間承認のセットは、規制産業でのAI活用の現実解。医療・金融のような規制業種でAI導入を検討している方には、「慎重さ」と「速度」が二者択一ではないことを示す、勇気の出る事例だと思います。
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