今年も川崎大師に行きました。
個人的に10年以上続けている、儀式のようなものになっています。
数時間ですが、完全にデジタルから離れ、1000年以上前のことをゆっくり聞く時間になっています。普段はAIやSaaS、業務プロセス改善など、変化の速い世界で仕事をしているので、あえて時間の流れがまったく違う場所に身を置くことは、自分にとって大切なリセットの時間でもあります。
この活動を続けている理由は、FUSOに勤めていた頃、たまたま仕事の区切りが良く、金曜日に有給を取って川崎大師へふらっと立ち寄ったことがきっかけでした。
その後、不思議なくらい自分の環境や考え方に変化が起き、それ以来、毎年訪問するようになりました。
もう10年以上、川崎大師で空海聖人のお話を聞いていますが、話を聞くだけでなく、自分でも調べるようになり、現代的な視点で見ると、空海は想像以上にものすごいことをやった人物だったことが分かってきました。
個人的には、空海は日本の基盤を作った人物の一人ではないかと思っています。
もちろん、日本という国は聖徳太子をはじめ、多くの人たちによって形作られてきました。ただ、その中でも空海は、海外の最先端知を日本へ持ち込み、日本社会に合う形へ再構築し、教育や文化、社会へ定着させたという点で、非常に大きな役割を果たした人物ではないでしょうか。
私自身、「常に最先端に触れること」「世界のベストプラクティスを学ぶこと」「それを日本の企業や組織に合う形へ実装すること」を大切にしています。
しかし、それを1000年以上前に実践していた人物が空海でした。
一般的には「真言宗の開祖」「弘法大師」として知られていますが、それだけでは空海という人物の本質は語れないと思います。
現代のビジネスの言葉で表現するなら、空海は世界最先端の知識を取り込み、日本向けに再設計し、それを教育・文化・社会インフラとして実装した人物でした。
804年、空海は遣唐使として唐へ渡ります。
当時の唐は世界でも有数の先進国であり、宗教だけでなく、言語、書道、建築、思想など、さまざまな分野の知識が集まる場所でした。
空海はそこで最先端の知識や技術を徹底的に学び、大量の経典や資料、法具を日本へ持ち帰ります。
ここで重要なのは、空海は「海外のものを持ち帰った人」ではなく、「海外の成功事例を日本社会へ実装した人」だったことです。
現代でも海外のカンファレンスへ参加したり、海外のAIやSaaSを導入したりする企業は数多くあります。
しかし、見て終わる、導入して終わるケースも少なくありません。
一方で空海は、唐で学んだ知識を日本の文化や社会に合わせて再構築し、教育制度を整え、人材を育成し、組織として継続できる形にまで落とし込みました。
現在で言えば、
世界最高水準のベストプラクティスを学ぶ
自国・自社向けにローカライズする
教育プログラムを作る
組織へ定着させる
次世代へ継承する
という一連のプロセスを1000年以上前に実践していたことになります。
さらに驚くのは、空海の活動は宗教だけではありません。
教育機関である綜芸種智院を設立し、身分を問わず学べる環境を作りました。
また、満濃池の修築に代表されるように、社会インフラの整備にも関わっています。
つまり、思想家でありながら教育者でもあり、プロジェクトマネージャーでもあり、インフラ整備にも携わる実務家でもあったわけです。
現代であれば、コンサルタント、プロデューサー、教育責任者、プロジェクトマネージャー、アーキテクトを一人で兼ねていたような存在と言えるかもしれません。
AI時代になった今、海外で生まれた技術をそのまま導入しても、日本企業ではうまくいかないことを何度も見てきました。
本当に重要なのは、最先端に触れることではなく、その知識を自分たちの文化や業務プロセスに合わせて再設計し、教育し、組織へ定着させることです。
1000年以上前の空海が実践していたことは、AI時代になった今でも本質的には変わっていないように思います。
世界の最先端を学び、それを自分たちの社会へ実装し、次の世代へ残していく。
この姿勢こそ、1000年以上経った今でも色あせない、空海の大きな功績なのではないかと思います。
今年も川崎大師で静かな時間を過ごしながら、「変化の激しい時代だからこそ、1000年以上残る考え方から学ぶことは多い」と改めて感じました。
